MuSASHi RT HARC-PRO.のスタートは、2009シーズンから。

 ムサシがレーシングチームであるHARC-PRO.をサポートしようという話のきっかけは、社内から出たものだった。

 企業にとって、社員一人一人が何よりも貴重な会社の力だ。そのことを深く認識するムサシの大塚浩史社長は常々、社員が「やりたい」と言い出したことは実現できるよう、会社としてサポートしてきている。その一つが例えば社員総出での夏祭りだったり、環境活動であったり、様々な部活動だったりするわけだ。

 二輪レーシングチームへのスポンサードも、ムサシ社内にある二輪好きが集まって作られたモータースポーツ部から上がったもの。二輪車の部品製造を行うムサシにとっても、二輪に対する社員の意識、さらに極限で使われる製品への理解などを考えると、業務面でも支援するメリットはある。

 そうして候補として挙がり、最終的な契約まで進んだレーシングチームがハルク・プロだった。

 大塚社長の考えとして、単なるスポンサードという形は当初から頭になかった。レースという限られた時間の中で、どのように質の高い仕事をし、結果を出していくか。その中に社員をスタッフとして送り込み、人材育成をしていきたいという希望があったのだ。

 とは言え、レーシングチームは勝利を目指して戦っている。最短距離で勝利を目指すためには、精鋭のスタッフで戦う必要がある。例えモノ作り企業であるムサシの技術職の人間であっても、一般の製造業で働いている人間を、パートタイムでレーシングチームのスタッフとして受け入れるのはリスクがある。

 しかしハルク・プロは、ムサシ側のその希望をすべて受け入れた。

 その理由は明白で、ハルク・プロ自身、レースの中で人材育成を行っているからだ。

 今から25年前の1996年シーズンに、ホンダから「ファクトリーで若手育成を行うのは難しいので、次世代を担うホンダの若手を育てて欲しい」と依頼され、それ以降、現在まで勝利を目指しながら、次世代を担う若手を走らせてきている。ムサシとの契約の話が立ち上がった2008年で既に13年間、若手育成を行ってきていた。

 そうして、チームハルク・プロのマシンはムサシレッドに塗られ、MuSASHiのロゴが大きく入ったチームウエアをスタッフ全員が着用し、2009シーズンを戦うことになった。

 この年のライダーはJSB1000クラスに山口辰也、ST600クラスに小西良輝と小林龍太の三名だった。奇しくも山口は1996年にハルク・プロがホンダから依頼され、最初に手がけた若手育成ライダーの一期生だった。

 山口は第3戦オートポリスで優勝を果たしてランキングトップに立つが、続く第4戦SUGOのレースではレース前のウォームアップランで転倒。決勝は走ることができずに終わってしまった。それでも第6戦ツインリンクもてぎで3位、最終戦鈴鹿の第2レースでも3位表彰台に上がり、シリーズランキング3位となった。

 ST600の小西は第4戦SUGO、第5戦岡山国際で優勝を果たし、ランキング5位。小林は第3戦オートポリス、第5戦岡山国際で3位表初代を獲得。コンスタントに上位入賞を続け、ランキング4位となった。

 2010年はライダーが増え、5名でJSB1000、ST600、新しく設けられたJ-GP2、最小排気量クラスのJ-GP3と全日本開催全クラスを戦うことになった。

 ライダーの顔ぶれはJSB1000クラスに高橋 巧、ST600クラスに前年から継続して小林龍太、グランプリから戻ってきた中上貴晶、J-GP2クラスに小西良輝、J-GP3クラスに若干16歳の浦本修充。高橋はGP125クラス時代にハルク・プロ所属で、他チームで成長し、GP250クラスの全日本チャンピオンを獲得するなどの活躍を遂げ、チームに戻ってきた。

 開幕戦筑波では、JSBの高橋、ST600クラスの中上と、ともにこのシーズンからチームに加わった二人が優勝。新たにスタートしたJ-GP2クラスでは小西も勝利し、筑波で行われた4レース中、3クラスでMuSAShi RT HARC-PROが優勝するという見事なスタートを切ることに成功した。

 高橋は第2戦鈴鹿2&4では2位表彰台も獲得。チーム復帰1年目をランキング3位で終えた。小西は全6レース中、2勝を挙げ、新しいJ-GP2マシンを開発しながらシリーズタイトル獲得を果たした。

 ST600クラスは小林がランキング6位、中上8位、J−GP3クラスの浦本は第6戦もてぎで3位少々台を獲得する成長を見せ、ランキング6位となった。

 2011年はJSB1000に高橋、J-GP2クラスに中上、ST600クラスに小林と浦本の四人となった。

 高橋は第6戦オートポリスで優勝し、全8レース中、5回表彰台に上ってランキング2位を獲得。

 中上に至っては全6レース中、5勝してチャンピオン獲得を果たした。小林はランキング4位、浦本は8位となった。

 2012年はJSB1000に高橋、J-GP2クラスに浦本、ST600クラスに小林、J-GP3クラスに元GPライダーである徳留真紀を加え、四人体制となった。

 JSB1000の高橋は開幕戦もてぎを2位で順調にスタート。第2戦鈴鹿2&4で優勝と良い形で序盤の戦いを進めた。第3戦の筑波もトップ争いを展開したが、ここで痛恨の転倒。さらに第6戦SUGOではマシントラブルにも見舞われ、ランキング7位に終わる。J-GP2の浦本は開幕戦で優勝し、良い滑り出しを切ったが、2戦目となる第3戦もてぎでトップグループを走行中に転倒。第6戦SUGOは2位表彰台に上がり、最終的にはランキング10位となった。ST600クラスの小林はランキング8位。

 J-GP3クラスの徳留は開幕戦もてぎを2位でスタートすると、第5戦もてぎも2位。第7戦オートポリスでは優勝する速さを見せ、見事チャンピオン獲得となった。

 2013年は、JSB1000クラスに高橋、J-GP2クラス浦本、さらには亀谷長純が新たにチームに加わり、ST600クラスを戦うことになった。

 高橋は全8レース中、4回の2位表彰台獲得となったが、ランキングは3位。浦本は第7戦オートポリスで2位、最終戦鈴鹿で優勝し、ランキング3位となった。ST600の亀谷はランキング9位でチーム1年目を終えた。

 

 2014年はJSB1000が高橋、J-GP2クラスに浦本と亀谷、J-GP3クラスにはCLUB HARC-PRO.から活躍が認められて水野 涼が抜擢された。

 高橋は開幕戦で2位スタートすると、第2戦鈴鹿2&4、第3戦オートポリスと連勝。第4戦SUGOで2位となり、シリーズランキングトップに立つ。第7戦岡山、最終戦鈴鹿の第1レースと2位になるが、ランキングは2位となった。J-GP2クラスの浦本は第4戦SUGO、第5戦もてぎと連続して2位表彰台を獲得。最終戦は3位となり_ランキング3位。亀谷はグランプリでも使われるNTS製フレームを使用し、マシン開発をしながらレースに参戦。最終戦では4位入賞を果たし、ランキング8位となった。J-GP3の水野は第3戦もてぎの第1レース、第2レースともに3位表彰台に上がると、第4戦SUGOで全日本初優勝。最終戦までチャンピオン争いに加わり、ランキング2位となった。

 2015年はJSB1000が高橋と浦本、J-GP3に水野が継続参戦となった。 高橋は全8レース中、2位2回、3位2回と安定した速さを見せたが、ランキングは2位。JSB1年目の浦本は、第4戦SUGOで2位表彰台を獲得する活躍を見せるが転倒もあり、ランキングは10位となった。J-GP3クラスの水野は全5戦中3勝し、チャンピオンを獲得。

 2016年はJSB1000が高橋、J-GP2に水野、J-GP3に栗原という体制となった。またST600クラスの名越哲平は当初、MuSASHi RT Jr.からのエントリーとなったが、開幕戦筑波で全日本初優勝を遂げ、この活躍がチームに認められて2レース目となる第3戦もてぎからはMuSASHi RT HARC-PRO.からのエントリーとなった。

 JSB1000の高橋は第8戦岡山の第2レースで2位、最終戦鈴鹿の第2レースで3位表彰台と活躍し、ランキング3位。J-GP2の水野は第6戦もてぎで2位入賞を果たし、ランキング3位。栗原は全5レース中、3勝を挙げるが僅か1点届かず、ランキング2位となった。ST600の名越は最終戦鈴鹿でも3位表彰台に上がり、ランキング3位でこのシーズンを終えた。

 2017年はJSB1000が高橋、J-GP2が水野の二人体制となった。

 高橋は第2戦鈴鹿2&4、第3戦SUGOと連勝。第4戦もてぎも2位と安定した走りを見せ、最終戦では2レースとも2位。念願のタイトル獲得を果たした。

 またJ-GP2クラスでも水野が全7レース中、5勝という圧倒的速さでタイトル獲得。参戦2クラスともにチャンピオンを獲るという最高のシーズンとなった。

 2018年は高橋がチームHRCへ移籍。JSB1000クラスは水野が参戦することになった。

 J-GP2クラスには名越が参戦し、この二人体制で臨むこととなった。

 JSB1年目の水野は第5戦SUGOのレースで4位となり、これがこのシーズンの最高位。ランキングは11位となった。J-GP2の名越は第4戦SUGOで3位表彰台に上がると第7戦オートポリスで2位、最終戦鈴鹿では優勝を果たし、ランキング3位となった。

 2019年も前年同様、JSBに水野、J-GP2に名越という二人体制。

 水野は前半戦を前年型ワークスマシンで健闘し、第2戦鈴鹿2&4第2レースの4位を皮切りに、第3戦SUGOでも第1レース、第2レースともに4位と3レース連続して自己最高位入賞を果たすと、鈴鹿8耐で最新型ワークスマシンをゲット。同じマシンで全日本後半戦も戦うことになった。

 シーズン前半の頑張りにマシンの底上げが加わり、後半戦最初となる第5戦もてぎ2&4ではトップ争いに加わって2位獲得。続く第6戦岡山大会でも2位となり、シリーズランキングは4位となった。名越は全7戦中4勝という圧倒的強さでチャンピオン獲得を果たした。

 全日本参戦11年中、タイトル獲得は7回。

 2020シーズンはJSB1000クラスに水野、新設されたST1000クラスに名越という二人体制で臨む。タイトル獲得を新たに加えることができるか、注目される。