600の加速に圧倒された全日本1年目の名越

 2014年にスタートし、2020年の今年で7季目となるMuSASHi RT HARC-PRO.スカラシップ。名越哲平はその第1期生だ。

 そもそもこのMuSASHi RT HARC-PRO.スカラシップ。筑波サーキットやツインリンクもてぎで行われる地方選手権の若手ライダーの活躍を継続的に見てきている元世界チャンピオン坂田和人さんが、才能のある若手ライダーを育てたいという想いをハルク・プロの本田重樹さんに伝えたところからスタートしている。坂田さんの目に、才能ある若手の一人として映ったのが名越哲平だったのだ

 この年に名越は、スカラシップのトレーニングと並行してアジア・ドリーム・カップに参戦。スカラシップのトレーニングと同じホンダCBR250RRを使って行われるこのアジア規模のシリーズでは優勝1回、2位5回、3位1回の表彰台登壇率58%で、シリーズランキング3位となった

 こうした活躍から、翌2015年は国際ライセンスに昇格。いくつかの選択肢の中から名越は、いちチーム員として、ハルク・プロから全日本選手権ST600クラスを戦うことを選んだ

 2015年のMuSASHi RT HARC-PRO.は、JSB1000クラス高橋 巧、J-GP3クラスを水野 涼の二人で戦い、高橋はランキング2位、水野はタイトル獲得を果たしている。自分の活躍次第では、そこに自分の名前を並べ、さらにその先の世界を目指せると名越は考えたのだ

 しかし現実は、名越が考える以上に厳しいものだった

 例年、3月末にツインリンクもてぎにて、ホンダ主催のユーザー対象貸し切りスポーツ走行が行われる。各チームともに、この走行がシーズンに向けた本格的テストとなるのだが、全日本参戦へ向けてテストを始めたばかりの名越は1本目の走行を終えると、その場に座り込んでしまった

『マシンの加速に目が付いていかない』

 頬を紅潮させながらピットに座り込んだ名越は、絞り出すように言った。

 それはそうだ。

 名越が前年まで乗ってきたCBR250Rは、単気筒250ccエンジンを積む。スタンダード状態での出力は29馬力、車重は164kgだ。対して2015年から全日本に参戦するために名越が選択したCBR600RRは、スタンダードで車重189kg、最高出力は78ps。重量を最高出力で割って加速力を示す、いわゆるパワーウエイトレシオでいうとCBR250Rが5.65なのに対し、CBR600RRは2.42。加速力が2.3倍と文字通り倍以上となる

 しかも両車のホイールベースはまったく同じ1380mm。単気筒と4気筒なので当然、横幅などの車格は変わってくるが、前後の長さは同じ。そこに2.5倍の排気量のエンジンが搭載されるのだから、速さに目が付いていかないのは当然と言える

 ポケバイでチャンピオンとなり、ミニバイク、ロードレースGP125とステップアップしてきた名越にとっても、600の加速力は圧倒的だったわけだ。そんなCBR600RRでレースをするので、マシンを自分のコントロール下に置くのはもちろん、ライバルとの駆け引きもしなければならない。それをこれまでのレース経験で知っている名越にとって、CBR600RRが目の前に突き付けてきたハードルの高さは想像以上のものだった

 名越の開幕戦となった第2戦オートポリス大会の予選は20番手。タイムは1’58.064。ちなみにポールポジションのタイムは1’54.248で、トップからの差は3.816ほどあった

 それでもレースは着実にポジションを上げていき、11位でゴール。全日本初レースで見事ポイント獲得を果たすことができた。タイム的にも予選より決勝で1秒近く上げており、手応えのある開幕戦となった

 しかし第3戦ツインリンクもてぎでは予選24番手、決勝26位、第4戦スポーツランドSUGOは予選15位、決勝18位と苦戦。結局、このシーズンは開幕戦の11位が最高位となり、ランキング15位で全日本1年目を終えた

 2016年も全日本ST600クラスに参戦。参戦チーム名は、前年同様MuSASHi RT Jr.からとなった。

 開幕戦となる第1戦筑波大会は、名越にとってターニングポイントとなった。予選はトップから0.377差での6番手。まだ一発の速さは見せられないが、安定して走る力は前年でも見せてきており、それが予選を上回る決勝での順位として表れている

 筑波のこのレースを6番手からスタートした名越は序盤からトップグループに加わり、3周目5位、7周目に4位とポジションアップ。9周目にはさらに一つ順位を上げ、3位となった。しかしここで転倒車両がコース上に残ったことから赤旗中断となり、レースは仕切り直しとなった

 第2レースを3番手でスタートしたが5番手まで落とし、そこから追い上げの展開となった。3周目4位、6周目3位と上がり、ここからトップ3台での争いに加わり、ラスト2周で名越の前を走る2台が転倒。これで単独トップに出た名越は、そのまま全日本初優勝を遂げたのだった

 チームはこの結果を高く評価。白ベースにスポンサーステッカーを貼っていたMuSASHi RT Jr.から、MuSASAHiカラーを全身に施したMuSASHi RT HARC-PRO.トップチームに昇格。第2戦ツインリンクもてぎのレースからトップチーム所属のライダーとして走ることとなった

 とは言え、まだ一発の速さは見せられない。MuSASHiカラーで臨む最初のレース、第3戦ツインリンクもてぎの予選は14番手、トップから2.204差と苦しむ。しかし決勝では持ち前の安定性を武器に戦い、5位でチェッカー。このシーズンは最終戦鈴鹿で3位表彰台を獲得し、ランキング3位で終えた

苦しんだ2017シーズン
その中でも成長の証を見せる

 2017年は名越にとって、とても忙しいシーズンとなった。全日本ST600クラスの継続参戦(チームはMistresa RT HARC-PRO.)の他に、アジア選手権のSS600クラスをMuSASHi Boon Siew Hondaから戦うことになったのだ。

 しかし名越はここまでの戦いぶりを見ても明らかなように、一つ一つを積み重ね、レベルアップしていくタイプだ。

 チーム監督の本田重樹さんがあるとき、水野と名越をこう評したことがある。

「こちらがアドバイスしたことに対して、水野はパッとやってみる。名越はすぐできないけど、自分の中で消化して少しずつトライしていく。水野はそれですぐにモノにするかというとそんな甘いことではないし、名越は極端に時間がかかるかというとそういうわけでもない。結果として二人ともモノにするのだけれど、でもそのプロセスがまったく違う」

 そのあたりが若手育成の難しさであり、面白さでもあるのだろう。

 この2017年は名越にとって、難しい年になってしまった。

 というのも、マシン的に全日本のST600とアジア選手権SS600は大差ないものの、使用するタイヤが全日本はブリヂストンで、アジア選手権はダンロップ。どちらもワンメイクで行われていることから、他に選択することはできない。マシン的にもサスペンションの大きな変更が行えないことから、タイヤの特性をどう活かすかがレース結果を大きく左右する。レーシングタイヤに対するアプローチが異なる両社のタイヤをシーズン中に乗り替えるのは、トライする時間を必要とする名越にとって、とても難しいことになってしまった。

 全日本は最上位が第5戦オートポリスでの3位。アジア選手権は第5戦インド大会の4位。ランキングは全日本が6位、アジア選手権が11位というものだった。

 しかしこの年、名越の成長を感じさせるレースもあった。それは、初めての参戦となった鈴鹿8耐(Mistresa with ATJ Racing)だ。

 使用されるマシンは世界耐久選手権(EWC)仕様のCBR1000RR。全日本JSB1000クラスのマシンとほぼ同じレギュレーションによるマシンで、最高出力は優に200馬力を超えるモンスター。前述したスタンダードマシンでのパワーウエイトレシオを計算すると、車重195kgで最高出力192psなので1.06。CBR600RRの2.42と倍の加速力だ

 最初のテストこそ恐る恐る乗り出した名越だったが、テストを重ねる毎にタイムを積め、決勝タイムではチームベストをたたき出す走りを見せた

 事前テストから安定して走り、そして特にチームから高く評価されたのは、丁寧なアクセラレーションだった。燃費とエンジンパワーという相反する要素をうまくバランスさせるため、8耐では無駄なアクセルワークは厳禁。しかしライダーは速く走りたいために、ガソリンを余分に使うアクセルワークをしてしまいがちなのだ。マシンの動きを分析するために搭載されるデータロガーは、名越のスムーズで的確なアクセルワークをデータでチームのメカニックに示し、このためにチームはマシンセットアップを着実に進めることができたという

 大排気量マシンを操るには、この丁寧なアクセルワークは大きな武器となる。苦労しながら学んできているライディングテクニックが、自分のモノにできているという一つの証しでもあった。(2/2に続く)