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RAICING RIDER 水野 涼(MuSASHi RT HARC-PRO.Honda)1/2

投稿日 : 2020.05.13 最終更新日時 :

プロフェッショナルチームで初めてバイクの奥深さを知る

 レーシングライダーを大別すると、2種類に分けられる。
 一つめはバイクが大好きで、その延長線上で『レース』の世界に入っていたタイプ。バイクで走ることが大好きで、乗ることが上手。バイクが大好きだから、24時間バイクのことを考え続ける。
 もう一つのタイプは、『勝負』することが大好きというレーシングライダー。バイクは好きだけど、もしバイク以外でも他人と勝ち負けを決める競争できることがあるのなら、そちらを選んでも良い。目の前にバイクがあり、他人と勝ち負けを決める、もっと言えば自分が優れていることを証明するためにレーシングライダーになった、というタイプだ。
 筆者は30年以上にわたってロードレースの世界でライダーのインタビューなどをしてきているが、ほぼすべてのライダーがどちらかのタイプに入っていた。
 しかし水野 涼はそんな筆者にとって、まったく新しいタイプだった。
 ポケバイ、ミニバイクと、ほぼすべての若手ライダーが辿る道を同様に歩いてきた水野だが、その才能の高さ故、どちらのカテゴリーでも頂点を極める常勝チーム、いわゆるファクトリーと呼ばれるようなチームに所属してきた。勝つことを期待され、それに応え続け、ロードレースの世界にステップアップしてきた経歴を持つ。
 全日本参戦2年目の2014年、MuSASHi RT HARC-PRO.のJ-GP3クラスライダーに抜擢されて数戦経ち、水野とゆっくり話をする時間が持てたとき、水野は「バイクのレースはどちらかと言えば嫌いだった」と言ったのだ。

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 どういうことかとさらに尋ねると、「ポケバイ、ミニバイクと勝って当たり前というファクトリー的チームに所属し、勝利を期待され、戦ってきた。常にプレッシャーの中で走ってきたから、とても楽しめるような状況ではなかったし、レースは自分にとって仕事のようなものだった」と説明する。
 ところが、「嫌いだった」とそのとき過去形で応えたのは、話をした時点でもう、そうではなくなってきたから。理由は、MuSASHi RT HARC-PRO.のライダーになり、バイクに乗るのが楽しくなってきたからだ。

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 ハルク・プロのトップチームのライダーになり、プロフェッショナルなメカニックが水野に付いた。走行ごとに本格的なバイクのセットアップがされるようになり、さらにはライディングに対しても担当メカニックからさまざまなアドバイスを受け、水野は今まで以上に考えるようになっていた。
 「メカニックにコメントするとその言葉が次の走行の時にしっかりバイクに反映され、明確にマシンの状態が変わってくる。ライディングに対してもアドバイスがあり、それにチャレンジすると、良いとか悪いとか、必ず明確な答えが出てくる。バイクの奥深さを初めて経験できているし、本当に面白い。バイクのレースが楽しいって、初めて感じています」

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 この2014年は、開幕戦オートポリスで終始トップ争いに加わり、トップから僅か0.743差で4位となると、次戦ツインリンクもてぎの第1レースで全日本初表彰台となる3位を獲得。続く第2レースも連続して3位表彰台ゲット。第4戦スポーツランドSUGOでは初優勝。結果的にこのシーズンは、チャンピオンと5点差のランキング2位となった。

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 続く2015年もJ-GP3クラスに継続参戦。全5戦中3勝してチャンピオンを獲得する。
 マシンをどうセットアップしていけば良いのか。ライダーとしてどのようなライディングをしていけば良いのか。予選時間の使い方は?決勝に向けてのセットアップは?実戦の中で水野はプロフェッショナル・メカニック、チーム監督を始めとしたスタッフのアドバイスを受けながら多くのことを学び、トップチームからの参戦2年目で当面の目標だったシリーズチャンピオンを手にしたのだった。

J-GP2チャンピオンも獲得。
着実なステップアップを図りつつJSB1000へ

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 2016年はJ-GP2クラスへステップアップ。
 初めて乗るハルク・プロ製マシンHP-6で開幕戦筑波の第1レース予選を4位と順調な滑り出しだったが、決勝はトップグループを追い上げる中で転倒。第2レースは4位フィニッシュとなった。
 水野のこのクラス初表彰台獲得は、参戦5レース目となるツインリンクもてぎでの2位。結局、この年はもう一度2位表彰台に上がり、ランキング3位で終える。

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 J-GP2クラス参戦2年目の2017年は、開幕戦の筑波で第1レース、第2レースともに優勝でスタートすると、続くSUGOのレースも優勝。その勢いはシーズン終盤まで続き、全7レース中5勝してチャンピオンとなった。

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 2018年はいよいよ、国内最高峰クラスJSB1000へ参戦開始となった。
 マシンは、前年にMuSASHi RT HARC-PRO. HondaからJSB1000クラスへ参戦し、見事シリーズチャンピオン獲得を果たした高橋 巧選手のものを引き継いだ。
 J-GP3、GP2クラスとともにチャンピオンとなり、JSB1000クラスに上がってきた水野に対し、チームはこのクラスの難しさを長年参戦してきている経験からも十二分に把握していた。水野ができるだけ早くマシンに順応が図れるよう、シーズン前の海外テストにチームとして初参加。MotoGPライダーが開発テストを行う場に加わり、CBR1000RR SP2で周回を重ねた。
 テストの場となったマレーシアのセパンサーキットは水野と相性も良く、テストは順調に進めることができた。それを象徴するのがこの時のタイムで、先輩高橋選手が以前のテストで記録したものを上回るほどの速さをこのテストでマークすることができたのだった。
 期待が高まる中でシーズンイン。ところが第1戦ツインリンクもてぎの第1レースでは、サイティングラップで転倒。マシンを修復してスターティンググリッドに付き、なんとかスタートできたがスタート手順に不備があったとして黒旗提示され、失格になってしまった。レース2は8番グリッドからスタートして8位。

 第2戦鈴鹿2&4は、第1レースが予選13番手で決勝11位。第2レースは予選13番手、決勝11位。第3戦オートポリスは予選8位、決勝は天候に振り回されて22位と下位に沈んだ。
 第4戦SUGOは、予選10番手からスタートし、決勝は粘り強い走りを見せて4位とこのクラス自己最上位。6月17日に行われたこの第4戦を終え、チームは鈴鹿8耐の準備へと本格的に入っていく。
 水野は前年の2017年にチーム桜井ホンダから鈴鹿8耐に参戦し、10位となっている。8耐の厳しさは経験済みだが、極みを目指すMuSASHi RT HARC-PRO.での8耐は、より要求項目も高くなる。
 先輩ライダー高橋選手が造り上げてきたとは言え、2018シーズンの全日本の中でさらに積み上げを行なってきているのは水野自身。自分が中心となって8耐を引っ張り、助っ人として来る海外のライダーの後押しをしたいと考えていた。
 しかしテストがスタートすると、厳しい現実が水野を待っていた。全日本第4戦で自己最高位の4位と上り調子で鈴鹿入りしたはずなのに、タイムが伸びないのだ。

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 走り込めば自然とタイムも上がっていくだろうと水野もチームも信じたが、現実はなかなかそうならない。
 不安を抱えながらのレースウイーク入りとなり、なかなかタイムを伸ばさせずに苦しむ水野を尻目に、助っ人ライダーたちは水野の仕上げてきたマシンを駆り、タイムを上げていく。苦しむ水野と、期待されたタスクを着々とこなして目標タイムに近付けていく助っ人ライダーたち。チームの中で、調子を上げる助っ人ライダーたちと未知の経験の中で苦しむ水野、という対照的なレースウイークとなってしまった。
 「トップ10トライアルに出られないかも」
 金曜日のセッションが終わり、水野は苦しそうな表情で絞り出すように言う。
 全日本の中でマシンを造り上げてきている水野に対してチームは全面的な信頼を置き、タイムが出ても出なくても、土曜のトップ10トライアルには水野を出す考えでいた。しかしセッションが進み、着々とタイムを詰め、マシンのセットアップも進めていく助っ人ライダー二人がチームの軸となって動き出していた。レースウイークの流れは決勝を戦う上で非常に重要なものであり、極力その流れは尊重していきたい。
 どんな状況でも水野をトップ10トライアルに出すというチームの当初の計画は、できつつある流れを尊重したいという考え方から、どうしても崩さなければいけない選択をチームは求められたのだ。

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 翌日のトップ10トライアルは台風によって行うことができず。水野は決勝の走りで挽回しよう考えたが、スタート直後に第1ライダーだったランディ・ド・プニエが転倒。さらに水野自身が決勝中に転倒して負傷してしまい、チームはリタイヤ。中心となってチームを引っ張ろうという水野の想いは、翌年まで待たなければならなくなった。

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 自分に足りないモノ、そして海外ライダーのタフさをこの8耐で経験できた水野は、自己を高めようと後半戦の全日本に臨み、苦しみながらシリーズランキング11位でJSB1000クラスの1年目を終えた。

 JSB1000クラス2年目となる2019年。この年は、前年以上の明確な青写真が描かれた。シーズン序盤は前年同様のマシンで全日本を戦い、その中で水野のさらなるスキルアップを図る。鈴鹿8耐テスト以降から、チームHRCが使っている最新型ファクトリーマシンがチームに与えられ、その結果次第ではそのまま全日本後半戦も、スプリント仕様の最新型ファクトリーマシンに乗る。水野の着実な成長の評価として、そうした青写真がチームとホンダの間で作られたのだ。
 開幕戦のもてぎは第1レース、第2レースともに6位とまずまずのスタートを切り、第2戦鈴鹿2&4は、第1レース8位、第2レース4位。水野にとって2度目の自己最上位の4位という結果だが、その内容は従来のものと大きく異なった。これまで、チームの先輩である高橋選手に加え、ヤマハの中須賀克行選手、野佐根航汰選手の三人が、JSB1000クラスのトップ争いを展開していた。しかしこの鈴鹿第2レースでは、その一角である野佐根選手と最後まで3位の座を争い、僅か0.045差での4位だったのだ。
 トップ3までもう少し。その日は近いことを感じさせたこの鈴鹿2&4となった。
 さらに第3戦SUGOも、第1レース、第2レースとも4位。このレースでも、水野はヤマハの二人に食らいついて見せた。