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水野 涼ストーリー 苦悩と成長の2020シーズン

投稿日 : 2020.12.03 最終更新日時 : 2020.12.03

RACING TEAM HARC-PRO.はレースウイーク最終日の撤収完了が終わったら、毎回必ず全員でミーティングを行う。

いわゆる終礼だ。

2020年全日本最終戦MFJ-GP後の終礼は、若手育成プロジェクトのライダーも加わり、大人数でのミーティングになった。

終了後、メカニックの飛鳥井定利さんが私のところに目を赤くして寄ってきた。

「涼も成長したなって、今日の挨拶を聞いて思ったら嬉しくて」

と飛鳥井さん。

水野涼は2013年にハルク・プロのクラブ員として全日本J-GP3クラスに参戦。その活躍が認められ、MuSASHi RT HARC-PRO.のライダーとして同クラスに参戦した翌2014シーズンに、水野のメカとして担当したのが飛鳥井さんだ。

16歳だった水野に、マシンのセットアップからライディングまで、レースの奥深さをイチから教えた。(その話はこちら)。

「メカニックにコメントするとその言葉が次の走行の時にしっかりバイクに反映され、明確にマシンの状態が変わってくる。ライディングに対してもアドバイスがあり、それにチャレンジすると、良いとか悪いとか、必ず明確な答えが出てくる。バイクの奥深さを初めて経験できているし、本当に面白い。バイクのレースが楽しいって、初めて感じています」

2015年にJ-GP3チャンピオン、2017年にJ-GP2チャンピオンと、両クラスとも参戦2年目でチャンピオン獲得を果たしてきた。

そうして2018年からJSB1000クラスにステップアップ。しかし、参戦2年目となる2019年のランキングは4位。そして今年もランキング4位に終わった。

その大きな理由の一つは、使用するマシンが2020シーズンから新型となり、その開発をゼロからスタートしたため。2019シーズンまでは、熟成に熟成を重ねたワークスマシン。鈴鹿サーキットにおいては2019シーズン最終戦でそのマシンを高橋 巧が駆り、2'03.592という驚異的タイムをマークする速さを披露した。

新型マシンのベースポテンシャルは当然のことながら高いが、サスペンションやブレーキ、エンジンと手を加え、バランスを取り直して造り上げなければならないJSBマシンは、膨大なテスト時間が必要となる。しかも今シーズンは新型コロナ渦の中で、通常とはまったく異なる1年となった。

「去年まで自分がいた位置から遠いところを走り、ライバルたちから大きく離されている。とにかくもどかしい」水野は2020シーズン中にそう何度も口にした。

最低でもホンダ勢の中ではトップ。

水野にとってそれは、当然のことと認識していた。

しかし開幕戦の第1レースでは雨に足下をすくわれ、転倒。再スタートして4位入賞を果たしたが、ホンダ勢の中では3位だった。

レースを終え、再車検に持ち込まれたマシンを見たオフィシャルは「スタート前にこれならレースに出せない」と言われるほど損傷していた。ブレーキレバーはほとんどなく、ハンドル、ステップも大きく曲がっていた。

201203mizuno2.jpg(開幕戦第1レース。転倒後のためスクリーンを失い、テールカウルも半分になっているのが分かる)

「驚異的集中で乗ったんだろう。まともに走れるような状態ではなかった」再車検に車両を持ち込んだ堀尾勇治チーフメカニックは、レース後のマシンの状態をそう語っていた。

ピットに戻った水野は椅子に座り込むと、嗚咽した。

今シーズンこそはタイトルを獲り、世界へ挑戦したい。そのための大事な開幕戦を自分のミスで失いかけた。ホンダ勢トップの座も失った。

水野の今シーズンにかける強い思いが、その涙に見て取れた。

しかしそれでも、状況は変わらず厳しいものだった。チームが全力でマシンを造り、レースに持ち込むがライバルとの差は詰まらず。さらに第4戦もてぎの第1レースではスタート直後、後続車に突っ込まれて転倒。メインの車両を失い、スペアマシンで仕切り直しとなったレースを走り、トラブルを抱え途中でリタイヤ。翌日朝のウォームアップも不調でまったく走れず、不安を抱えて臨んだ第2レースはトップグループから離されて単独の4位。3位の車両に車両違反があり、結果的に3位となったが、トップから大きく離されてのレース内容は、水野にとって到底納得のいくものではなかった。

それでも、このレースウイークで見せた水野の立ち居振る舞いは、チームのエースに相応しいものだった。トラブルは誰も出したくて出るものではない。特に水野の走りを2014シーズンから支えてくれているMuSASHi RT HARC-PRO.の技術力の高さは、水野自身が誰よりも理解している。第2レースへ向けたセットアップをしっかり行っておきたい朝のウォームアップ走行を走れないのは、非常に痛いし受け入れられない状況と言える。

でもそれでも水野は走れなかったウォームアップセッションの時間が終わるとマシンを信頼できるスタッフに預け、決勝へ向けた準備を始めていた。言い訳ならいくらでもできるが、ライダーとして今できることだけに水野は集中し、スタートに備えたのだ。

残念ながら水野の2020シーズンは、前述したように2019シーズンと同じランキング4位。まずは1勝という当面の目標も、今シーズン中に果たすことはできなかった。

「苦しいシーズンでした。でもそんな中、本当にたくさんのことを学びました。ライディングテクニックとかそういうことよりも、どうすればチームを良い方向に動かせるのか、どうすればバイクをもっと良くしていけるのかということをすごく学べました。その経験をさせてもらったのは、本当にありがたかった。これは今後の自分のレース活動にとって、大きな糧となると思います」

そうした思いの中から、最終戦の終礼でのチームへの感謝、スタッフへのねぎらいの言葉となり、それを聞いた飛鳥井さんの涙を誘ったのだった。

大きくジャンプするためには、深く沈み込んで力を溜める必要がある。準備のための1年。水野にとっての2020シーズンは、そうなるための時間になるはずだ。